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Taichi Yamazaki 山崎大地さん

民間商業宇宙飛行士(Rocketplane XP 搭乗員)
有限会社国際宇宙サービス 代表取締役社長
株式会社アストラックス 取締役
株式会社アストラックスミッションサービス 代表取締役

有人ロケット研究会 理事
 
■ <ライフヒストリー:幼少期から宇宙に行くまで>

LiS:

まずはいつごろから宇宙を志し始めたのか教えてください。

山崎さん:


小さい頃から星を見たりするのは好きでしたね。焦点距離1000mmの天体望遠鏡を自分で作って、暇さえあれば星ばっかり見ていました。


LiS:
 

じゃあ、小さいときから宇宙一直線だったわけですね。

山崎さん:

そうでもないんですよ。高校の時は勉強そっちのけで、ひたすら部活やバンド、バイトをしたり、友人とバイクに乗ったりしてました(笑)

大学受験のときにどの学科に行こうか考えたときに、以前よく見ていた星空(宇宙)に関係する勉強をしようと思い、航空宇宙学科に進んだんです。
山崎大地さん

LiS:

大学を卒業後、MSS(三菱スペース・ソフトウエア)へ就職されましたよね。国際宇宙ステーションの運用管制官になることが夢とお聞きしたのですが、夢見たきっかけはいつなんですか?就職先を決める際にもその点は関係していたんですか?

山崎さん:






元々は宇宙飛行士になりたかったのですが(今でも)、宇宙船の管制官を目指したきっかけは、
映画「アポロ13」スペースシャトルのチャレンジャー号の事故ですね。僕が中学生のとき、チャレンジャーの事故がありました。僕はそのときテレビをで見ていたんですが、時間が経つに連れて事故時の管制の会話と映像が公開されたんです。それを見ると、遺族や関係者が泣き崩れるような大惨事にもかかわらず管制官達は冷静に淡々と業務をしていたんですね。「スペースシャトルチャレンジャー号が爆発しました」「了解」なんていうセリフも全く動じずに話していて・・・。 まさに、映画「アポロ13」出てくるような管制官達が、たとえ大事故が起こっても、事故の報告を冷静に受け止めて、的確に対応していたんです。それを見て、「あぁ、本当にこういう仕事もあるんだなぁ」って思い、そこから宇宙船の管制官を志し始めました。 それからは大変でしたよ。どうやったら宇宙船の管制官になれるのか調べてもわからない。スペースシャトルの管制官はアメリカ人しかなれないんです。日本人の自分がなるにはどうしたらいいんだろうと途方に暮れかけたころ、ある学会のためにたまたま筑波宇宙センターを訪れたとき、現在建造中の国際宇宙ステーション(ISS)計画の話を聞いたんです。そして、宇宙センターの敷地内には「宇宙ステーション運用棟」という建物を建設していました。これが完成すれば、日本モジュール「きぼう」の管制官が必要になる。その時は「自分がなるしかない!」って思いましたね。「ぜったいここで働いてやる!」ってね。(笑)

就職活動の際もどの会社に入ればISSの運用管制官に近づけるかをいろんな人に話を聞いて、三菱スペース・ソフトウエアもISSの運用業務を受け持つようになるという話を聞いて、どうにか希望通り入社することができました。内定を取ってからは、ひたすら入社したら即戦力として働けるように勉強しまくりました。英語を学んだり、宇宙ステーションについて徹底的に調べたり。卒業論文そっちのけで勉強をしてました(笑) そのおかげで宇宙ステーションのほんの一部の写真を見ただけでどの部分か分かるくらいマニアになりました(笑)  
山崎大地さん
 
  
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